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頭の中の池内慶

空想ファンタジーブログです。 私と脳内タルパたちの愉快なヨタ話。

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不思議に思うこと

最近、どうも小さいオッサンの事が話題になることが多い。
慶ちゃんもその類いなんだろうと思う。
関東に出没する小さいオッサンは八幡神社に参拝した人に付いてくるらしく
的場浩二が神社に参拝したとき、ついてきて、家に住み着き、そのことを
的場浩二がテレビで話したことから一気に広まったらしい。
私の場合も、氏神様に参拝に行ってから付いてくるようになったんだが、
それでも不思議なのは中国人みたいな格好をしている事。
時々、よくわからない事を言うし。
日本の神社に住んでいるのに、なんで中国人みたいな格好をしてるんだろう。
最近、剣ちゃんが時々背中に六角形の鉄の柱みたいなのを三本担いでいることがあるので、
何かとたずねたら焼夷弾だと言う。何でそんなもん担いでいるんだろう。
なんでも昔この辺りに落ちたものらしい。もしかして、いまでも地中のどっかに
埋っているのかもしれないと思うと怖いな。
あと忍ちゃんは泉の話をする。
JRの上を通っている鉄橋、黒橋から少し上に上がったところに
小さな神社があるんだが、そこに昔ものすごい大きな楠があって、それを切り倒して
人間が船を作ったらしい。その切り倒した切り株が腐って、大穴になり、そこから
泉が湧き出して、そこに忍ちゃんが住むようになったとか言ってる。
もう数千年の前の事らしいので、たしかめようもないけどね。
色々と不思議に思うことはある。
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コメント

無題

八幡様は、宇佐氏が自分たちの祖霊神を奉祭していた斎場が原型で、それに上書きする形で大神比義というシャーマンや渡来系の辛島氏(秦氏の一族?)が奉じる神を習合したものである、と聞いたことがあります。
あとは神功皇后を慕っていた新羅からの巫女集団でしたか?
いずれにせよ、「八幡神」というのは私にはどこか、日本の神祇ではないような雰囲気やカラーを感じてしまって正直違和感を感じることが多いんですよね。

神功皇后や応神天皇など個々の神様はお慕いしているんですけど。
それと、実は私は八幡宮成立以前の宇佐氏の原始信仰にとても興味を抱いています。
宇佐神宮の背後に聳える御許山(おもとやま)という山が神奈備になっているんですけど、そこの山頂には宇佐氏の祖霊に当たるという三つの巨大な磐座が鎮座しているそうです。
宇佐神宮宮司家の方が、同家に代々伝わる口伝を本にして出版したのですが、それによると、三つの磐座は右からそれぞれ、憧賢木厳之御魂天疎向津姫命、月讀命、天三降命(=宗像三女神)ということになるらしいです。
もし、この伝承が真実だとすると、宇佐氏は月讀命を祖先とする唯一の氏族ということになり、大変興味深い話だなあと思うわけです。
また中臣・藤原氏の成立にも宇佐氏は深く関わってくるようです。
では。
【2013/12/13 03:06】 NAME[ぐり~ん] WEBLINK[] EDIT[〼]

無題

ぐり~んさん
最近英語のスパムコメントが大量に来ていたので一時的にコメントを許可制にしておりました。
書いたものが掲載されず驚かれたと思います。
失礼いたしました。

そうでしたか、たしかに八幡神には
色々な背景がありそうですね。
月読命に関しては、天照大神との
イザコザの神話など色々なお話がありますね。
国内でも単独でお祀りしてある神社が
少ない神様でもあります。
最近エントリーで書いたかぐや姫とも
関わりがある神様ですね。
かぐや姫のエントリーを書いたとき
一番最初に頭に思い浮かんだのは
かぐや姫が地上に流された罪についてです。
そして月人の罪ということで思いだしたのが
月読命の保食神殺害のエピソードです。
色々と興味深く勉強にもなりました。
【2013/12/13 12:01】 NAME[楠乃小玉] WEBLINK[] EDIT[〼]

無題

いえいえどういたしまして。
そのようなことだと思っておりました。
ネット界にはタチの悪い輩がたくさんおりますのでお気をつけ下さいね。

しかし、かぐや姫が地上に降りてきたのは月世界で罪を得たためだったというのは知りませんでした。
かぐや姫(竹取物語)には実際にモデルになった話があるのでしょうか?
しかも「追放」とはなんだか素戔嗚尊の高天原追放を彷彿とさせます。
また実際に、素戔嗚尊の高天原での乱暴狼藉エピソードは、実際は月讀命のエピソードであり、それが素戔嗚尊の所行に入れ替わった話なのであるとは、民俗学などの分野でよく言われることのようです。
しかも、月讀命って本当は女性なのでしょうかね。
天照大神が本当は男性神であるならば、陰陽の法則で月神様は女神様になるのかなあなどとはよく考えておりましたが。
宇佐氏に関しては、月にウサギがつきものなのは、宇佐氏と月讀命の関係の暗喩なのかなあとか考えております。

【2013/12/13 20:19】 NAME[ぐり~ん] WEBLINK[] EDIT[〼]

無題

ぐり~んさん
素戔嗚尊が保食神を殺したとされる
エピソードはアキラかに月読命の
エピソードが入れ替わったものですね。
保食神を月読命が殺してしまったので、
天照大神は激怒して月読命つまり月が出ると
お隠れになってしまうという神話のエピソード
です。ですから、本来月読命でなくては
おかしいのです。また
そもそも太陽神は男性であったとされており
陰陽の法則からいっても月読命は女性である
可能性は高いと思います。
つまりかぐや姫とは月読命であり、
罪とは保食神を殺したことではないかと
思ったりします。
あくまでも推測ですが。
かぐやひめのけっこう気まぐれな性格を
見てもそう思います。
まあ想像の域を出ませんが。
宇佐と兎の関係ですが宇治の宇治神社は
八幡神縁の神社ですが、眷属が兎なんですよね
【2013/12/13 23:06】 NAME[楠乃小玉] WEBLINK[] EDIT[〼]

無題

楠さん貴重な情報ありがとうございます。
応神天皇の皇子である宇治天皇をお祀りする宇治神社は確かに八幡神所縁の神社になりますよね。
その宇治神社の神使が兎であったとはこれはなにかを暗示していそうな気がします。
また、不遇にしてお命を落とされた宇治天皇ですが、この方を思い浮かべると私は何故か元気を頂けたような気分になるんです。
兎と宇佐、宇治、内、珍彦(うづひこ)などの名前や地名ってみな同系統の何かを示しているのでしょうかね。
神使といえば、藤原氏の春日神(春日大社、鹿島神宮、香取神宮)の神使は鹿ですが、不思議と厳島神社の神使も鹿ですよね。
でも、ご祭神である宗像三女神の一柱・市杵島姫命は、上述した宇佐神宮宮司家の伝承によると、宇佐氏の祖・宇佐津彦命とその妹の宇佐津姫命の母親に当たります。
紀記によれば、その宇佐津姫命が、天種子命(天児屋根命の孫神様)と結婚して生まれたのが宇佐津臣という方で、その子孫が中臣・藤原氏となっていきます。
その中臣氏の中には父系の春日神ではなく、母系の宇佐氏の祖神を祭祀していった系統もあるようです。
京都葛野の月讀大社(現在は松尾大社境内摂社)の祠官家もその一つであったようです。
明石市のサイトに漁師が鹿に乗って小豆島に行くお話があるのですがそれらのエピソードを読むと、
なんとなく藤原氏の神使が何故鹿になっているのかのヒントが隠されているような気がしてきます。
【2013/12/18 00:22】 NAME[ぐり~ん] WEBLINK[] EDIT[〼]

無題

ぐり~んさん
なるほど、八幡宮は藤原氏と
密接に関わっているのですね。
ちなみに、宇という言葉は
初めてという意味があるようですね。
宇治は初めて治めるという意味、
宇留は初めて留まるという意味のようです。
色々考えさせられます。
それにしても本当に中臣氏、藤原氏は
日本の根幹に関わる氏族なのだなあと思います。
【2013/12/18 18:28】 NAME[楠乃小玉] WEBLINK[] EDIT[〼]

無題

宇留命様。
尾張氏と饒速日命の始祖に当たるお方ですよね。
この間お世話になりました件でも出てまいりました。
その節はどうもありがとうございました。
実は楠さんにこのお方のことをお教えいただいて以来、私は個人的にかなりこの神様を崇敬いたしております。
宇留命-大己貴命(播磨大己貴命)ー天火明命ー(天香山命?)ー尾張氏…
私はかつて楠さんが仰っていた「久米と播磨との深い結びつき」という一文を読む度に、紀記での「天照大御神と素戔嗚尊の誓約(うけい)」とは実はこの事実のメタファーなのではないのか、とよくそういう思いが浮かぶようになりました。
久米と播磨、どちらが天照大御神で、どちらが素戔嗚尊かはまだ決めかねていますが…
宇留命は、尾張氏の前身である「伊都之尾羽張」という刀剣の製作氏族の族長。
「伊都」とは、九州は伊都国の伊都氏であり、その伊都氏とは久米族であると。
その伊都氏の別れが、宇留命をリーダーとして30数人一団となって東に向かい、大和を経て、播磨に至り、播磨の諸族と結びつきます。
紀記の神武東征の前半部分の神武天皇や、『先代旧事本紀』における饒速日命の大和降臨は、本当はこの宇留命様の事跡ですね。
藤原氏の祖神に当たる天種子命もおそらくその一団の中にいたものでしょう。
自分もなんだかこの霊統にいるのではないか、この霊統の方々のお導きを受けているのではないかと勝手に想像しては嬉しくなっております。
【2013/12/19 01:04】 NAME[ぐり~ん] WEBLINK[] EDIT[〼]

無題

ぐり~んさん
素戔嗚尊といえば、素戔嗚尊が天照大神のお屋敷に乱入し、牛の皮をはいだので、侍女が
驚きのあまり股に間に棒を刺して死んでしまうという絵ピーソードがありますが、
この意味を私は長い間わからなかたのですが、
最近これは土木工事における犯土の事ではないかと思うようになりました。
素戔嗚尊が八岐大蛇を倒したエピソードは
氾濫する河川を土木工事によって治めた
事の比喩であるという話はよく聞きますが、
この土木工事を行うということは、
古代犯土と言って穢れを受ける行為と
されていました。
また、土を深く掘ることは土の神の怒りを
買うことに繋がりますので、人柱を必要とします。
また牛の皮は武具を作る時に必要不可欠ですがこの際、手を血で染めることも穢れに繋がります。このように元来、古代人としては
穢れをかぶる行為とされる事を積極的に
行うことによって素戔嗚尊は現地人を
懐柔していったのではないかと思うのです。
このため、本来貴族していた集団からは
穢れを受けた存在として、粗暴な悪事を
働く者として描かれたのではないかなあと
思ったりします。
【2013/12/19 16:10】 NAME[楠乃小玉] WEBLINK[] EDIT[〼]

無題

私は「八岐大蛇退治」伝説とは、当時、日本の広範囲で行われていた、雨乞いのための生贄祭祀における祭神である大蛇を、素戔嗚尊の号令で退治していったことであり、瀬織津姫命とはその生贄にされた娘たちの総称だと思っていました。
そして、非道な生贄祭祀を終わらせ、かわりに天叢雲剣という神器祭祀に代えていった事跡を伝説化したものであると考えていました。
それと洪水伝承が合わさったものかと。
実際は犯土という土木事業だったのですか。「ぼんど」と読むのでしょうか?
また「現地」とは出雲(山陰地方)のことでしょうか?
『出雲国風土記』には八岐大蛇の「や」の字も出てこないそうで、これは実際は中国山脈を南に越えた山陽地方や播磨でのお話なのではないのかなあと私は思ってしまうわけです。
渡来人勢力である吉備の温羅と、日本の土着勢力である播磨との戦いのエピソードとも相似形を成しているとも思えます。
八岐大蛇は「越(高志)の八岐大蛇」とも言い、その越は韃靼人の勢力下にある地域とかつてありましたよね。
だから同時に、渡来人と土着の日本人との政治的、祭祀的な意味を含めた激しい相克の歴史のメタファーでもあるのだろうなあとも考えておりました。
ただ、そうなると今度は『播磨国風土記』には素戔嗚尊の名が全く出て来ないという不思議な現象にもぶつかることになるのですが。
でも、穢れを被る誰もやりたがらなかった事業を、素戔嗚尊が自ら率先して行ったというところには、確かに素戔嗚尊の素戔嗚尊たる由縁を感じます。
まさに素戔嗚尊の面目躍如たるところですよね。
【2013/12/19 20:05】 NAME[ぐり~ん] WEBLINK[] EDIT[〼]

無題

ぐり~んさん
「八岐大蛇退治」伝説に関しては
雨乞いという理解もありますが、
私は大洪水による氾濫が起こった年は
生け贄をささげて次の年、大氾濫が
起こらないよう生け贄をささげていたのでは
ないかと思います。
それを、土木工事によって堤を作り、
大氾濫が起こらなくなって生け贄を
ささげなくなった事の古事を書いたもので
あると考えています。

越族との戦いのメタファーという考え方は
非常に面白いと思います。その話が
内容に入ったという推察も成り立つと
思います。
『播磨国風土記』には素戔嗚尊の名は出てこないかもしれませんが
播磨の神出神社には、ここに素戔嗚尊が
最初に降臨されたのだという伝説が
あるようですね。

【2013/12/20 17:05】 NAME[楠乃小玉] WEBLINK[] EDIT[〼]

無題

おはようございます。
クリスマスをどうお過ごしでしたでしょうか。
私は教会で過ごしてきました。

さて、素戔嗚尊ですが、土木事業と並んで、八岐大蛇退治伝説において気になるのは、やはり天羽々斬剣や天叢雲剣の記述だと思うんですよね。
「羽々斬」とは「蛇斬り」のことでしょうし、「叢雲」とは文字通り雲が群がってくること、すなわち「雨乞い」の剣だと思うんです。
また、天羽々斬剣が吉備国の石上神社に収められているというのも、大和や吉備の石上社が元々、武器庫としての役割を担っていたからという説とも合致します。
また、出雲大社の御神紋が「亀甲に剣花菱」というのもとても意味深だと思います。
亀甲はオロチの鱗を、剣は天叢雲剣を現していると思うからです。

しかし、神出神社こそが、以前教えていただいた「雄岡山、雌岡山」のことだったのですね。
宇留命ってもしかして素戔嗚尊のこと?とか思いました。
「神出」とはまさしく国の礎を築いた「神が出現した地」の意味ですよね。
また、伊和大神様が大山祇神と同一人物と考えると、何故か腹の辺りが落ち着いてしっくりと感じてきます。
【2013/12/26 11:06】 NAME[ぐり~ん] WEBLINK[] EDIT[〼]

無題

ぐり~んさん
神出神社の辺りは加古川と明石川の合流地点で
川の分岐点でもあるようですね。
天羽々斬剣や天叢雲剣も興味深いですね。
鉄製の剣という意味合いで鉄の伝来と
なにか関わりがあるかもしれません。
亀の甲羅は龍の鱗との解釈もありますが、
一般には亀甲は占いの意味を持ちます。
つまり、雨乞いの呪術と何か繋がりの意味が
ありのかもしれませんね。
色々考えると想像が広がります。
【2013/12/26 16:30】 NAME[楠乃小玉] WEBLINK[] EDIT[〼]

無題

>黒橋から少し上に上がったところに
>小さな神社があるんだが、そこに昔ものすごい大きな楠があって、それを切り倒して
>人間が船を作ったらしい

もしかして稲爪神社こそがその昔、赤石大神様をお祀りしていたという三つの大神殿の内の一つだったのですか?
場所的に確かに辻褄が合います。

私の住む関東では、霞ヶ浦に沿って、鹿島神宮と香取神宮が鎮座するのですが、まあこの両社はとても有名です。
春日大社の元社でもありますし。
でも霞ヶ浦にはもう一つ、息栖神社(いきすじんじゃ、おきすじんじゃ)という神社が鎮座しておりまして、上述した鹿島、香取両神宮とこの神社とを併せて「東国三社」と称されています。
この息栖神社の主祭神が、久那戸神(くなどのかみ)という神様で、その相殿神に天鳥船神が祀られています。
久那戸神とは猿田彦命のことであるとよく言われますが、もしその通りだとすると、その相殿神として天鳥船神がお祀りされる理由もよく分かります。
息栖とは、もしかして「お楠」の転かも?とか思ってしまいます。
関東の並み居る古社の中でも、この環・霞ヶ浦(当時は海で香取海)に鎮座する神社群はただ者ではない感じがします。
鹿島、香取と久米系、尾張系の神が祀られて、息栖神社で伊勢・猿田彦系の神が祀られるこの東国三社の構図の見事さ、リアルさにはただならぬものを感じてしまうんです。
おそらく霞ヶ浦周辺の地域は、製鉄に絡んで、播磨、久米連合による原・大和朝廷の精鋭クラスが送り込まれた地なのではないでしょうか?
そしてこの地は対蝦夷戦線における最前線の地でもあります。
私の遠い先祖の源流の一つも、東北に進出する前は、なにかこの霞ヶ浦周辺に関係していたのではないかなあという気がしています(ただの予感ですけど)。

【2014/01/14 17:20】 NAME[ぐり~ん] WEBLINK[] EDIT[〼]

無題

ぐり~んさん
大神殿の一つであった可能性はあると
おもいます。
断定的な事は言えませんが。
息栖神社についても興味深いですね。
息栖神社にお祀りされている天鳥船神と
久那戸神の関連性についても
興味深いですね。この天鳥船神が
楠の巨木で作られた船を神格化したものである可能性も大きいと思います。
当然ながら霞ヶ浦周辺の地域は対蝦夷戦の
最前線として、播磨、久米連合が送り込まれた地であろう事は推測がつきますね。
その中で物部氏も頭角を現してきたのでしょう。
【2014/01/14 19:50】 NAME[楠乃小玉] WEBLINK[] EDIT[〼]

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