「メモを買おうと思うんだ」
私は自転車のカゴに乗っている慶ちゃんに言った。
「どったの?」
「最近どうも記憶力が落ちたみたいでね。昔は慶ちゃんたちが面白いことしてても、
後々まで覚えてたんだけど、最近、忘れちゃってね、慶ちゃんが一発ギャグとかやってたこと
忘れて、書き漏らしたりして、あとで思い出して後悔したりさ」
「でも、お買い物してて、いちいちメモとかとってたら変な人だと思われない?」
「あーそれはあるかも」
「だいたい、毎日同じようなことばかりしてるし、そんな変わったことなんて毎回あるわけじゃないしね~、
あんま気にしなくてもいいんじゃないのかな~」
慶ちゃんは気楽に言った。
そんな話をしながら私は市民病院の隣にある巨大ホームセンターに行った。
そこにはけっこう色々な物が置いてある。
私の家の近くのスーパーには鍋などの荒物が売ってなくて、
そういう駅近くのスーパーで売ってないものを買いにホームセンターに行く。
そこに行くと、慶ちゃんは興奮して私に飛びついてきた。
「大変だよ!すごいものが売ってたよ」
慶ちゃんに連れて行かれてお花売り場まで行くと、
ピンクの撫子が売っていた。
「ピンクの撫子だよね、よく園芸店にも売ってるじゃん」
「そうじゃないよ!この撫子は色が変わるんだよ!」
「え?」
その撫子に付いている説明書きを見てみると、どうもこの花は最初白い花が咲いて
1週間くらいかけて赤い花に変化するらしい。不思議な花だ」
「面白いよ!これ買おうよ!」
慶ちゃんがおねだりする。
別に花を買うつもりはなかったけど、私自身も今まで生きてきて、そんな花あんまり
見たことなかったので、面白いと思って買うことにした。
花を買ったあと、氏神様にお参りに行き、家に帰ってくると、ちょうと父が家に帰ってきた。
「今日はお母さんはお花の勉強会に行って留守だから晩飯を買いに行こう」
父がそう言うので一緒にスーパーに行くことにした。
もちろん、慶ちゃんたちは大喜びだ。
スーパーに行って一番最初に見るのはイチゴ売り場だ。
今日は398円でけっこう大きくて食べがいがありそうな良質のいちごがそろっていた。
でも、今日は父は買わないらしい。慶ちゃんたちは大いに不満のようだが、今日は一人じゃないので、
わがままも言ってられない。
その代わりに、宮崎産のプチトマトを買った。
「これ、もらい!」
そう言って慶ちゃんがトマトにタッチした。
「なんか普通だね、ギャグか何かしないの?」
「そんな毎回ギャグとかしてらんないよ」
慶ちゃんが言った。
次にサイダーを買って、それは剣ちゃんが貰った。
つぎにチーズ売り場に行くと、慶ちゃんが「裂けるチーズがいいよね!」というので、
裂けるチーズを買ってあげたが、裂けるチーズを貰ったあとで、慶ちゃんが
はっと気づいて忍ちゃんを見る。
「ごめん!順番とばしちゃった。裂けるチーズいる?」
「いいわよ、私別にそんなに裂けるチーズが好きなわけでもないし」
そういってるうちに、父がアイスクリームのバニラバーパックを買った。
かなり大物である。
「ほほほっ、セレブにはやっぱりツキがあるのね、このアイスクリームは私がいただくわ」
そう言って忍ちゃんは可憐に一回転してアイスにタッチした。
「いいなー」
剣ちゃんが言った。
「日頃の全徳がなせるわざよ」
忍ちゃんが言った。
「次は剣ちゃんが貰うからね!」
「お好きにどうぞ」
忍ちゃんは軽くいなしいた。
次に、父は待っちゃういろうを買った。
「これもらい!」
剣ちゃんが素早くタッチ。
「あら、あなた、こういう渋い大人風なものはいらないんじゃないの」
忍ちゃんがつっこむ。
「そんなことないやい!剣ちゃんだってもう大人だよ!」
「あらそう」
忍ちゃんが軽くいなす。
そのあと父はパン売り場に行ってすティップタイプのパンを探す。
しかし、どもれ、一〇本セットや8本セットのものはけっこう高かった。
「もうすこしやすいほうがいいなあ」
そう言って父はあちこち探す。すると、アンパンマンスティック甘パンが148円で若干やすかった。
「これにしよう」そう言ってアンパンマンの絵がついたスティックパンを父は買い物かごに入れた。
「あ!」そう言って剣ちゃんが絶句する。
「あらあら、剣ちゃんの好きそうなのが入ってきたわね、でも、剣ちゃんは大人だから、こんな
おこちゃまなパンはいらないわよね」
いじわるそうに眉をひそめて忍ちゃんが言う。
「べ、別にいらないやい」
ちょっと涙目に剣ちゃん
「あら、じゃあ私がもらっちゃおうかしら」
「……ほしいです」
小声で剣ちゃんが言う。
「聞こえないわね」
忍ちゃんが意地悪っぽく言う。
「ほしいです!」
剣ちゃんがはっきり言う。
「だから言ったでしょ、大人の抹茶味はあなたにはまだ早かったのよ、運命の女神がそう言ってるわ。」
「運命の女神って誰?」
忍ちゃんの言葉に慶ちゃんが突っ込む。
「私にきまってるじゃない」
「ナイスボケ!」
慶ちゃんは再び突っ込む。
「ボケてないわよ」
忍ちゃんは冷静に返した。
そして、剣ちゃんから抹茶ういろうを受け取り、アンパンマンスティックパンを剣ちゃんにあげた。
剣ちゃんはそれをうれしそうに抱きしめた。
そのあと、ご飯がわりにおにぎり二個と巻き寿司を買った。
そのあと、マシュマロと甘栗を買って、マシュマロは忍ちゃんがもらい、甘栗は慶ちゃんがもらった。
「また剣ちゃんがぼっちだ」
そう言って剣ちゃんが不満そうにしてたので、私はあわててお菓子のストロベリーピコラを
買い物かごに入れてあげた。
しかし、その私の余計な気遣いが運命の歯車を狂わせることになろうとは誰が気づいていたであろうか。
運命の女神は気まぐれである。
みんな、平等にお供物をもらって満足して帰る予定だった。しかし、ここで父が唐突に思い出したように言った。
「このまえ、おまえが買ってきた柏餅おいしかったなあ、あれまた食べたい。ちょっとここで待ってろ」
そう言って、父はお菓子売り場まで戻って柏餅を買いに行った。
「どうする、だれか一つ多く貰うことになるよ」
剣ちゃんが心配そうに言う。
「それならまた、仏壇に供えてもらって、みんなで分ければいいじゃん」
慶ちゃんが言った。しかし、
今回買ってきたのは一パックに四個柏餅がはいっているものだったのだー!
「なんだってー!」
慶ちゃんたち衝撃。
「まずいわ、これはまずわ、バスチーユの警備を強化しなさい!」
忍ちゃんが意味不明の言葉を叫ぶ。
「だ、だいじょうぶだよ、きっとパパしゃんはいつも通り、上に薬局で南国名産ボンタンアメを
買ってきてくれて数が合うよ。」
慶ちゃんがそう言ったので三柱の精霊は一応平静を取り戻したようだった。
慶ちゃんの予測どおり、父は地上階の薬局に入っていった。
しかし!いつもはボンタンアメを2つ買ってくるのが定番なのに、
今日にかぎって、100円均一のラムネをもって店内から出てきたのだ!
「ぎゃー!一柱お供物がすくない子がでるよ!」
剣ちゃんが叫んだ。
「大丈夫だよ、ラムネは剣ちゃんがもらって!ぼっちは慶タンが引き受けた、
ここは慶タンが守る!みんなは早く逃げるんだ-!」叫びながら慶ちゃんはその場に倒れる。
「ぎゃー!」叫んで剣ちゃんと忍ちゃんは無駄に周囲をぐるぐると走り回って逃げ出した。
私は冷静に慶ちゃんをつまみ上げると、自転車の買い物かごの中に入れた。
すると忍ちゃんと剣ちゃんが戻ってきた。
「はい、お遊びはここまでだよ、迷子になるといけないから背中にくっついて」
私がそう言うと、忍ちゃんと剣ちゃんは「はーい!」といって私の背中にしがみついた。
そして自転車で家に帰った。
家に帰ると慶ちゃんは少ししょぼーんとしていた。慶ちゃんだけ一つお供物が足りなかったのだ。
ふと気づくと、庭の棚の上に移り咲き撫子のポットが置いてあった。
食料じゃないけどこれでいいかなと私は思った。
「慶ちゃん、この撫子あげるよ」
私がそう言うと慶ちゃんは目を丸くした。
「ほんと!わーい、慶タンのペットができたー!」
ああ、植物はペットって感覚なんだ。
慶ちゃんが喜んでいたので、私はほっと胸をなでおろしたのだった。
毎日同じようなことの繰り返しみたいだけど、詳細に記憶をたどると、こんなにも
毎日違ったことをしているんだなあと改めて思った。
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