「おとしだま!」「おとしだま!」
正月早々池内忍と池内剣が連呼する。
うっとおしい、だれがやるか。
池内慶だけは少し視線を下に向けてシュンとしている。
この子はほしくても我慢する子だ。こういう態度なら、こっちから
あげたくなるんだけどなあ。
そうしているうちに池内忍が段ボールの箱で作った自動販売機をもちだしてきた。
見覚えがある。「うわー嫌なものをもちだしてきたなあ」と私は思った。
それは私がまだ幼稚園児だった頃、友達に商家の子がいた。
わりと繁盛している商売の家の子で、兄弟が多く、とても団結心が強かった。
そこの一番上の長女のお姉さんはとてもおしとやかで、やさしくて、思いやりがあって、
私はそのお姉さんが大好きで信頼していた。
あるとき、その商家の友達とお姉さんは私を秘密の場所に案内してくれると言って、
私の手を引いた。
「絶対に内緒だからね、あなただから教えてあげるんだからね。」そのお姉さんの言葉に
私の心は高なった。
秘密の共有。そこまでこのお姉さんに私は信頼されているのだ。
そして、連れて行かれた場所はその商家のお店の裏庭の隅だった。
そこに段ボールでできた自動販売機がおいてあった。
「はい、自動販売機よ、ここに100円入れて。」とお姉さんはやさしい笑顔で微笑んで私に言った。
私は心からそのやさしいお姉さんを信頼しているので、何の疑いもなく、段ボールでできた自動販売機に
100円玉を入れた。
「はい!大当たりー!」そう言ってお姉さんはカラになったアンメルツの容器を段ボールの中から
取り出してきて、私に渡した。
「何これ?」私が問うと、お姉さんは満面の純真な笑顔で答えた。
「商品よ、お買い上げありがとうございました♪」
お姉さんは段ボールの自動販売機から百円玉を取り出して弟たちの所にもっていって
「お姉さんがこれで何かお菓子を買ってあげるね。」と言っている。
弟たちは「いいよーお姉ちゃんが好きなもの買いなよー。」と言っている。
お姉さんは「いいのよ、私はあなたたちが幸せなら、それで幸せだから。」
はいはい、美しい兄弟愛ですねー。
私は全力で裏切られた疎外感を味わった。
所詮私は他人なのだ。
まあ、言ってもそのお姉さんも小学二年生くらいの年齢だったし、深い考えもなしに
やったんだろうし、今はもう覚えていないんだろうとおもう。
池内忍のせいで、最悪の思い出がよみがえってきた。
「はい、自動販売機よ、ここに1000円入れて。」池内忍が言った。
当時の私の価値観における100円相当の価値だ。
なんか、情けない気持ちになったが、自分の心の清算をするためには、ここで
1000円入れないといけないんだろうな。
私は段ボールの自動販売機に千円札を入れた。
「はい!大当たりー!」
そう言いながら池内忍は私にアンメルツの空の容器を手渡した。
私は、そのゴミを投げ捨てるようにゴミ箱に叩きつけた。ゴミ箱の中に落ちた空のアンメルツの容器は、
霧のように消え去っていった。
池内忍は「これで何かお菓子でも買おうねー。」と池内剣に言っている。
よく見ると、その千円札の紙幣には1000善徳と書いてあるのが見えた。
ああ、あれは私があのとき施した100円分の善徳なんだ、そう思うと急に心が軽くなった。
横で池内慶がすまなさそうに「ごめんなさい」と言った。
「いいよ、これで俺も少し心が軽くなった。」そう言って私は笑った。
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小さなころのなんとなくいやな思い出って忘れられないけど、心が軽くなってよかったですね。
大人になって消化出来ることもおおいですよね。
それは、いろいろな経験とかから学んでいくんでしょうかね。
今年もそんな気づきがここから得られそうです。
楽しみにしています^^