家に帰ってくると、剣ちゃんが猛ダッシュで駆け寄ってきた。
「早く書いてよ!約束したじゃん!いい話なんだよ!剣ちゃんが主人公なんだよ!」
必死に訴えて私のズボンの端を引っ張る。
「ごめんごめん」
私は頭をかく。
実は、この前スーパーに行って、ちょっと剣ちゃんが喜ぶ出来事があったんだけど、
忙しくて、ずっとブログに書いてなかったのだ。そのうち記憶も薄れ、半分くらい忘れかけていた。
剣ちゃんが脚光を浴びることはそんなにないので、剣ちゃんはずっとワクワクしながら
私がブログに書いてくれるのを待っていたらしい。それでも、私が書かないので、
かなり涙目になっている。
みんなに、自分の存在、自分のうれしさなどを知ってほしいらしい。
この前父と一緒にスーパーに買い物に行ったとき、父はイチゴの章姫を最初にカゴに入れた。
それに忍ちゃんが素早くタッチする。
でも剣ちゃんも慶ちゃんも慌てない。
いつものコースだと、このあと父はプチトマトとフジッコのお豆さんを買うからだ。
お豆さんが剣ちゃんのでプチトマトは慶ちゃんのだと相場が決まっている。でも、
今日はプチトマトの前を父は通り過ぎた。
興味ないらしい。
お豆さんの前も素通りする。
「買わないの?」
聞いてみる。
「また家に残ってるから」
父が答えた。
「ピンチだよ!9回裏スリーボール、ツーストライク、満塁だよ!敵はマルハの4番左門豊作だよ!」
慶ちゃんが叫ぶ。
そのあと、父は白菜4分の1カットといかなごの釜茹でを買い物カゴに居れる。
「良かったな、自分たちももらえて」
私が言うと慶ちゃんが目を怒らせた。
「白菜なんてほしくないよ!これは究極の格差社会だよっ!」
「えー、慶ちゃんが白菜ってことは、自動的に私はいかなごなの?生臭いの?フィッシーなの?」
剣ちゃんが涙目になる。
と、その瞬間、父は天津甘栗を手にとって、買い物カゴに入れた。
「これ、慶タンの!」
素早く甘栗に慶ちゃんがタッチする。
「しまった!また剣ちゃんがボッチなの?また私がわりをくうの!?」
剣ちゃんが叫ぶ。
「いいじゃん、はい、慶タンの白菜もあげるよ。よかったね、剣ちゃん、二つももらえて」
「いらないよ!白菜いらないよ!」
剣ちゃんがじだんだを踏んだ。
精霊たちはお菓子とかおやつとか、甘いモノを貰うのが好きで、甘くなくても、そのまま
食べられるものならもらって喜ぶ。料理しないと食べられないようなものには
あまり興味がないのである。
その時、父がお惣菜売り場のタコ焼きを手に取ってカゴに入れる。
「あ、慶タンの好きな揚げ物だ、これもらいっと!」
そう言って慶ちゃんがお惣菜の揚げタコ焼きにタッチする。
剣ちゃんがその光景を不満げに睨んでいる。
「あ」
慶ちゃんはバツが悪そうな顔をした。
「この栗、剣ちゃんにあげるね」
慶ちゃんは甘栗を剣ちゃんにさしだした。
「え、いいの?本当にもらっていいの?これ、タコ焼きより高いよ?」
「いいよ!これは剣ちゃんのだよ!」
「ほんと!?ありがとう!」
剣ちゃんがもらった甘栗はお徳用パックで一つの袋に3袋入っているけっこう高いヤツだった。
「やった!」
剣ちゃんは飛び上がって喜んだ。
そのあと、お菓子売り場を通った父が足をとめる。
「これ、買わなくてもいいのか?」
それは、私がよく家に買って帰るぼんち揚げだった。
私は心の中でヤバいと思った。ぼんち揚げと買うと1柱だけ余分にお菓子を一つもらえることになる。
これはきっと精霊たちがもめるに違いない。
「あ、うん」
私は生返事をした。
それを遠慮していると思ったのか、父は躊躇なく手にとり、カゴに入れた。
「遠慮しなくていいから」
「え、あ、うん」
そのあと、父はレジへ向かう。
精霊たちが騒ぎ出した。
「どうしよう、1個あまったよ。だれが余分にもらうの?」
剣ちゃんが困惑する。
「あら、本来ならあなたたち庶民が私のような高貴な精霊に献上するのが筋なんだけど、
私は慈悲深いから自ら要求したりはしないわよ」
すました顔で忍ちゃんが言う。
「こまったよ!慶タンこまったよ!でもぼんち揚げは慶タンの担当だよね!これは
慶タンがもらえという天からのお告げに違いないよ!」
慶ちゃんは頭をかかえながら叫ぶ。
まずいな、と思った。
「とにかく、私たちで話し合って決めましょ。あとくされがないように」と
忍ちゃんが言った瞬間、慶ちゃんがぼんち揚げを掴んだ。
「あら」
忍ちゃんが少し不快そうな表情になり眉間にシワがよる。
「これは剣ちゃんにあげるよ!今日は剣ちゃんが主役デーに決定だよ!」
「え!ホントに!いいの?」
剣ちゃんが目を輝かせる。
そのあと、我に返った件ちゃんはバツが悪そうに忍ちゃんを見る。
「あら、私なら気にしなくていいわよ、あなた、私たちが200円くらいのお菓子やチーズ買って
、もらってたとき、いつもカバヤのリラックマプリッツ70円を買ってもらってたでしょ。だから、
たまにはいいんじゃない」
「ありがとう、忍ちゃん、慶ちゃん!」
剣ちゃんは両手を上にあげながら叫んだ。
よほどうれしかったのだろう。
お菓子が、もらえたことよりも、自分が主役になれたことがうれしかったのだ
レジでお会計をすませると、剣ちゃんが真ん中になって右に慶ちゃん左に忍ちゃんが来て、
Ⅲ柱が手をつないで歩いた。
真ん中に剣ちゃんがいる。
剣ちゃんはすごくうれしそうだった。
「今日の事はこれからずっとわすれないよ!」
剣ちゃんは笑顔で言った。
そのあと、父はスーパーの横にある薬局に入った。
そこでぼんたん飴を二つ買った。
「あら、私たちにもおやつが回ってきたわね」
「慶タンたちがいい子にして剣ちゃんを大切にしたから神様がご褒美をくれたんだよ!」
忍ちゃんは少しすまして、それでもまんざらではない感じで、
慶ちゃんはストレートに喜んでいた。
まるで奇跡みたいに3柱分そろったなあ、と思い、私は胸をなでおろした。
剣ちゃんがとても幸せそうで良かった。
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